2016年

11月

24日

曙鶏

来年の干支の置物ができあがったといって

ご連絡をいただいて訪れたまさんど窯。

 

 

めずらしい素材との出会いに舞い上がり

思わず記事にしてしまいましたが、

ようやく本命のご紹介です^^

 

来年  2017年の干支 「 酉 」

 

 

 

「曙鶏」syokei

 

 

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このページに来られる方は、焼き物に詳しい方が多いと思われますが、

管理人のように何も知らない人のために記してみました。
ご興味のある方は、ご覧ください。

 

赤膚焼窯元は、奈良・大和郡山に点在します。

それぞれの窯元に歴史があると思うので

 

まさんど窯の歴史をお尋ねしましたら・・

 

「古く古くから続いていて、

 ありがたいことに

 今もこうして創らせていただいている、それがすべてですよ」

 

答えをいただいたような、そうでないような(笑)

 

どなたか足繁く通って、
教えていただいたら・・・
管理人にこっそり教えてくださいね(^^)


管理人より

 

● ~赤膚焼きの歴史~

草創は判然としておりませんが、

現在の赤膚町を中心とする、西ノ京丘陵一帯は古くから窯業地で、土器、火鉢などの制作が盛んで貴族や諸社寺の需要に応えていました。

 

 

 

後に、茶の湯がおこると土風炉が作られるようになり

桃山時代の天正慶長の頃には大和郡山城主であった豊臣秀長が、尾張常滑から陶工与九郎を招いて、風炉をはじめ茶陶を作らせたとされています

 

江戸時代中期には藩主、大和郡山城主柳沢堯山公が京都清水より陶工伊之助、治兵衛の2人を招き、窯を復興し大和郡山藩御用窯として

柳沢保光の保護を受けながら、
幕末には名工、奥田木白が仁清写しなどの技術を披露し、世に広めました。

 

 

 

赤膚焼は名の如く、器肌が赤みを帯びており

その赤みを帯びた器に乳白色の釉薬を掛け、

現在では奈良絵と呼ばれる絵付けを施した物がよく知られています
 奈良絵とは御伽草子などを題材とした庶民的な絵柄で、
器肌の素朴さを巧く引き出しています。

 

小堀政一(遠州)が好んだ遠州七窯の一つにも数えられています。

 

(参考・Wikipedia他)


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